【ネタバレ】恩田陸『ユージニア』の謎を考察する

恩田陸さんの『ユージニア』読了しました。
恩田さんの小説は、ぐいぐいその世界に引き込まれますよね。一気に読み進めました。面白かったです。

ユージニア1.jpg

『ユージニア』は、一つの事件について、携わった様々な人たちの語りによって構成されています。
同じ事でも、主観や立場や記憶違い等によって語られることは異なりますから、真実が何なのかは最後までわかりません。
芥川龍之介の『藪の中』を思わせる小説ですね。

各章毎に、一人称の語り手が変わっていくのが特徴なのですが、中には三人称で語られる箇所もあります。
この三人称の箇所は、語り手の主観が含まれないので、事実(に近いこと)が書かれている部分だと思われます。

しかしあまりに謎が多いので、少し考察してみたくなりました。
タイトルにある通り、以下ネタバレですので、読む前の方はご注意ください。



1.真犯人は、青澤緋紗子なのか?



これは、おそらくそうなのでしょうね。

第十三章「潮騒の町」の語り手(それ以外ではほぼ聞き手)が一度想像したように、「世にも悪魔的で奸智に長けた、美しい犯人」として周りが犯人・緋紗子像を作り上げた可能性も否定はできません。

しかし、自殺した青年が山形の医師の友人の情報を知っていたことからも、単独犯とは考えづらく、何らかの形で緋紗子が関わっていたことは間違いないでしょう。

三人称の語りの箇所では、殺人現場に残された「詩」を、青年と少女(自殺した犯人と緋紗子)が二人で作ったことが書かれています。そのことからも、二人の共犯だと考えるのが自然だと思います。


2.なぜ大量殺人が起きたのか?



これは、第一章「海より来るもの」の中で、満喜子が語った「ほとんど事故に近いもの」「雪玉の中心には、人為的なたくらみもあるし、押し殺していた感情もあるでしょう。けれど、なにかのきっかけと偶然の連続が噛みあわさって、人為的なものを凌駕して恐ろしいことが起きてしまう」と表現していたのが、しっくりきました。

緋紗子の願いは、「一人になること。この家で一人の時間を迎えること。静かな時を楽しむこと。」これが一番だったように思います。
大家族の中で暮らしていると、思春期に一度はこんなことを願うものではないでしょうか。
特に目が見えず、音にとても敏感だった緋紗子。目が見えないゆえに一人にさせてもらえなかった緋紗子にとって、この願いは、より強いものだったと思われます。

それが、家族を殺すことへと向かってしまったのは、精神を病んでいた青年の影響もあったでしょう。

二人は互いに自分の話をせず、「現実に向き合う必要のない」「形而上の世界」が「二人の話の主なテーマ」でした。
二人にとっての殺人は、非現実的な夢物語のまま、実行に移されてしまったように感じました。

第十二章「ファイルからの抜粋」で、満喜子の兄が告白したように、事件を止めるきっかけ(異変に気付いた人たち)はあったが、誰も止めなかったとういう側面もあると思います。

お手伝いのキミさんが「ちがうんです、あたしは生き残るべきじゃなかったんです」と泣き叫んだエピソードからも、キミさんは異変に気付いていた一人だったのではないでしょうか。

緋紗子と青年の逢瀬は、キミさんがその場を離れた間の出来事ですから、何かに気付いていた可能性はあります。
ジュースやお酒の瓶を開けた中にはキミさんもいますから、満喜子の兄のように、違和感を感じた可能性もあります。

満喜子も、緋紗子の「蝙蝠が来る」という言葉や、ベートーベンの「死の直前に訪ねてきた男」を連想する青年から、不吉なことが起きると感じていた一人です。


3.緋紗子と母親の関係性は?



これは結局謎のままですね。

分かっているのは、母親の青い祈りの小部屋で、緋紗子は懺悔(お祈り?)をさせられていたこと。
そして、その部屋にとても恐怖を感じていたこと。
事件の後に、緋紗子はその小部屋のことだけを繰り返し語ったことから、この大量殺人と青い祈りの小部屋は、まったくの無関係とは言えないでしょう。

第九章「幾つかの断片」の二は、おそらく母親が緋紗子に発した言葉ですよね。
「人間は罪深い」ということを繰り返し唱えています。
幼い頃に母親から、人間は(あなたは)生まれながらに罪深いと言われ続けたら、懺悔を求められ続けたら、子どもはどんな風に育つのでしょうか。

ふと思い出したことがありました。
昔勤めていた会社で、研修の約1か月間、毎朝スピーチをしなければならない時期があったんです。
毎日のことですから、次第にネタが尽きます。
自然に過ごしていても話すことは生まれてこないので、次第に自分でネタを作る(ネタになるアクションを起こす)ようになりました。
結果的に色んなことにチャレンジするようになったので良かったのですが、これが懺悔(罪を告白すること)だったらどうだったのでしょうか。
私はネタが尽きたら、自ら悪いことをしてみたのでしょうか。
少なくとも、自分の悪い部分を意識的に探すようにはなったかもしれません。

私のスピーチネタと、緋紗子の懺悔を一緒にするつもりはありませんが、緋紗子は「自分の罪」について、繰り返し考えされられたと思われます。
母親に植え付けられた罪の意識が歪んだ形で膨らんでいったとしたら、、ちょっと怖いですね。

緋紗子と兄の望、彼らと末っ子の祐ではタイプが大きく違うようです。もしかすると緋紗子と望は、違う母親から生まれてきたのかな?と思ったりもしましたが、それは飛躍しすぎですかね。
ただ、末っ子の祐の無邪気さから考えると、少なくとも彼は、母親による懺悔(お祈り?)をさせられていなかったように思います。

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4.満喜子が悪夢にみた「白い繭」とは?



これは悪いことが起きる予兆として描かれていると思いますが、「彼女が次にこの時のことを思い出すのは、ずっと先である。」という一文から、これを次に思い出したのはいつなのか?ということが気にかかります。

答えは書かれていないので全て想像ですが、もしかするとそれは、兄である順二の手紙を読んだ時ではないでしょうか。
そもそも満喜子が順二の手紙を読んだかどうかも書かれていないのですが、もし聞き手(第十三章「潮騒の町」の語り手)が、手紙を読ませたり内容を伝えていたりしたとすれば、その時ではないかと思うのです。

満喜子は「白い繭」のことを(庭に入ってきた猫かな)と想像もしていました。
庭で震える「白い繭」と、順二に毒見をさせられて、庭で痙攣した「白い猫」のイメージは重なるように思います。

時系列からして満喜子は、順二が猫に毒見をさせるシーンを見ていたわけではないと思います。しかし全体的に時系列は交錯していますから、ハッキリとは分かりません。


5.満喜子はいつ語り、いつ死んだのか?



これは本当に謎です。

第一章「海より来たるもの」で満喜子は、聞き手と一緒に事件のあった街を歩き、事件や書いた本について語っています。

しかし、第十四章「紅い花、白い花」では、満喜子は一人で、「目的もなく、予定もな」く事件のあった街を歩いています。
どちらも事件を捜査していた婦人警官に会っていることから、同じ日だと思われます。
ところが、第十四章では、婦人警官に会った後、聞き手に会って話をしている要素は見当たりません。

公園で話していた「子供を連れた女性」が聞き手とは考えづらいですから、どういうことなのかさっぱり分かりません。

第一章で「今日」婦人警官に会ったというのが嘘かもしれないし、第十四章で婦人警官に会ったとしているのは、以前の記憶のことなのかもしれません。

この点について何かお気づきの方がいたら、ぜひ教えてほしいです!

満喜子の死因も、第十二章「ファイルからの抜粋」によって謎めいた感じになっていますが、第十四章を読む限りは、やはり熱中症だったように思います。


6.その他。赤いミニカーとか、事件当日電話をかけてきた若い女とか



どちらも、事件を予見していた人物の存在を思わせるエピソードでしたね。

赤いミニカーは、末っ子の祐がポケットにしまっていましたから、落としたとしたら祐だと思います。しかし、彼は亡くなっていることからも事件を予見していたとは思えません。これは偶然落ちてしまったのではないかと思います。
(どちらかというと、読者を翻弄するために書かれたエピソードかなという印象でした。)

事件当日意味深な電話をかけてきた若い女にについては、犯人の青年を慕っていた養護施設の子の一人ではないでしょうか。その後の様子をうかがうために、青年がかけさせたのではないかと思います。
電話に出たキミさんは教会に通って子供たちとも触れ合っていますから、「どこかで聞いた声」というのも納得できます。


ざっと考察してみたのはこんなところでしょうか。
他にも気づいたことがあったら、追記するかもしれません。

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